Taka’s blog / タカブロ

タイ駐在でメーカーの工場で働く40歳。 読書,タイ料理,ビール,旅行,テニスが好き / A Japanese working at factory in Thailand. Likes; Reading (Bussiness,Novel,Comics), Thai food,Beer,Travel,Tennis,

感想「現代語訳 論語」齋藤孝(ちくま新書)

 

現代語訳 論語 (ちくま新書)

現代語訳 論語 (ちくま新書)

 

 ・感想

2500年前の中国で説かれた道徳が現代の日本でも役立つと感じます。齋藤孝先生の現代語訳のなせる業ですが、生活様式や政治、文化、社会の安定度など違うのに共感できることの多さに感心しきりです。ひとが世の中で生きていくときの行動原則には普遍性があるということなんでしょうか。270ページに及ぶ、孔子先生とそのお弟子さんたちの言葉からTakaが感心したフレーズは後述したとおりです。ハァ~と溜息しながら読み進めました。恐らく読む方によって響く所は異なると思います。きっと感心する部分がいまの自分にとって欠けている部分、戒めるべき部分なんでしょうね…。それにしても、衣食住も十分ではなかった時代の孔子先生が人間の承認欲求に対して言及しているのは情報テクノロジーが進化しSNS時代にいきる我々の姿をも見通していたかのようです。 有名なフレーズの元ネタも多く楽しく読み進められると思います。

 

・印象に残ったフレーズ

P11 先生がいわれた。「学び続け、つねに復習する。そうすれば知識が身につき、いつでも活用できる。実にうれしいことではないか。友人が遠くから自分を思い出して訪ねてきてくれる。実に楽しいことではないか。世の中の人が自分のことをわかってくれず評価してくれなくても、怒ったりうらんだりしない。それでこそ君子ではないか。」

P12 先生がいわれた。「口ばかりうまく外見を飾る者には、ほとんど<仁>はないものだ[巧言令色、鮮し仁]。」

※Taka追記:<仁>は自然に湧くまごころ、愛情

P25 先生がいわれた。「外からいくら学んでも自分で考えなければ、ものごとは本当にはわからない。自分でいくら考えていても外から学ばなければ、独善的になって誤る危険がある。」

P176 先生がいわれた。「君子は和らぎ協調するが、やたらとつるんだりはしない。反対に、小人はよくつるむが、協調性はない[君子は和して同ぜず。小人は同じて和せず]。」

P195 先生がいわれた。「人が自分の能力を知ってくれないことを不満に思うより、自分が力量不足であることを心配しなさい[人の己を知らざるを患えず、その能わざるを患う]。」

P214 子貢が、「ただ一つの言葉で一生かけて行なう価値のあるものはありますか。」とおたずねした。先生はこういわれた。「それは<恕>だね。思いやりということだ。自分がされたくないことは、人にもしないように[己の欲せざる所を、人に施すなかれ]。]」

P215 先生はいわれた。「世の多くの人が悪く言うときでも必ず自分で調べ考える。世の多くの人がよく言うときも必ず自分で調べ考える。」

P216 先生がいわれた。「過ちをしても改めない、これを本当の過ちという[過ちて改めざる、これを過ちと謂う]。」

 P226 先生がいわれた。「上位の人に仕えるときに、三つの過ちがある。言うべきときではないのに、言うのは、お調子ものだ。言うべきなのに言わないのは、隠し立てする者だ。上の人の表情からその考えを推察しないで発言するものは、ものが見えていない者だ。」

P227 先生がいわれた。「君子には人生の時期に応じて、三つの戒めがある。若いときには血気が落ちつかないので、男女の情欲を戒める必要がある。三十歳前後の壮年期には血気が盛んで人とぶつかりやすいので、人と争い闘うことを戒める必要がある。老年になると血気が衰えて肉体的な欲望は少なくなるが、財貨を求めすぎる欲を戒める必要がある。」

P228 先生がいわれた。「君子には九つの思うことがある。見るときには<明>(はっきり見ること)を思い、聴くときには<聡>(もれなく聞くこと)を思い、顔つきは<温>(おだやかであること)を思い、姿・態度については<恭>(うやうやしく控えめであること)を思い、言葉については<忠>(誠実であること)を思い、仕事には<敬>(慎重であること)を思い、疑わしいことには<問>(問いかけること)を思い、怒るときには<難>(その後のめんどう)を思い、利得を目の前にしたときは<義>(公正な道義)を思う。」